CFA学習Tips運営者ストーリー

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このページでは、CFA学習Tips運営者の「CFA受験体験記」を書きたいと思います!

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少しでも何かエッセンスを感じて貰えれば幸いです!

CFA合格後

私はCFA試験合格に7年かけてしまった。

多分、世の中の天才達は最短2年半でサクッと合格してしまうんだと思う。

でも、決して世の中はそんな人ばかりでは無いだろう。

私みたいな凡人の場合、そんな簡単に合格することは無理だ。

日々の仕事もある中で、CFAを最後までやり遂げるのは本当に大変だ。

家族との時間、プライベートの時間、勉強だけに時間を使えるわけでは無いのだ。

そんな凡人な私だからこそ、今後受験を迎える皆さんに伝えられることがある。

途中で諦めてしまう受験生がなんて多いことか。特にLevel Iの試験会場に足を運んだことがある人は分かると思うが、受験を試みても勉強が間に合わずに受験出来ない人も多くいるのだ。

私はCFA受験に相当な歳月をかけた。

ただ、上手くやっていれば最短で合格出来た可能性はあったのではないかとも思う。

難易度だけで言えば、高校生の時に受けた大学受験の方がよっぽど難しかったのではないか。

では、何故皆がCFA受験を途中で諦めてしまうのか。

それは勉強をするためのレールが引かれていないからだ。

大学受験は、学校や塾が効率良い勉強のレールを引いてくれる。だから、起きてから寝るまでの間、何も考えずに引かれたレールの上でただ勉強をしていれば良い。

でもCFA受験は違う。自分で考えて自分で勉強方法を構築する必要がある。自分でレールを引いて、それを信じて学習を進める必要があるのだ。

そこがCFA受験の難しいところなのだと思う。

何度も失敗したからこそ、見えて来たことがある。

何度も失敗したからこそ、伝えられることがあるのでは無いか。

私はそう思うようになった。

過去経験してきたこと、あったらいいなと思っていたことを提供し、これから受験する人にとって少しでも参考になる情報提供の場を作りたい。

また、CFA試験の勉強をもっと広げて、日本のグローバル金融人材の底上げを図りたい。

そのような思いが芽生えた。

20188月 こうして生まれたのが「CFA学習Tipsサイト」だ。

CFAと過ごした旅は非常に長い旅路であったが、次に繋がる意味ある旅であったと思う。

気づけば、ロンドン赴任も2回経験し、家族も増えていた。

仕事面でも、グローバル金融知識の下地をCFAの勉強を通じて培うことが出来た。

本当に長い旅だった。でも、まだまだこれから。

私にはまだ仕事が残っている。私の経験を少しでも役立ててもらい、CFAの学習を通じて一人でも多くの人にグローバル金融力を高めてもらう事だ。

そう、今後はこのページを読んで下さった皆さんに貢献する事が私の次のミッションだ!

CFAとの出会い

20116月 私はロンドンで働いていた。

所属していた会社がリーマン危機後に英大手金融機関に資本を注入、出向者として派遣されたのだ。

従業員の多くは名門大学のMBA出身か博士号/修士号を保有、職場の仲間達は極めて優秀で、一緒に仕事をしていることに誇りを感じると共に、負けてられないと日々仕事に励んでいた。

ラインマネジャーのキャサリンはケンブリッジ大学卒で、「Indeed」が口癖。毎朝早朝に出社しては難解な案件の与信稟議を書き上げ、夕方には早々に退社しプライベートを楽しんでいた。

早朝から夕方まで彼女のキーボードの音は止まることは無く、背面から聞こえてくる「カタカタカタ」というキーボードの音を聞くのが日課であった。

ある日、彼女と雑談することがあった。8月のことだった。

普段は冷静沈着な彼女だが、この日はやけに明るく笑顔だった。

「やったわ!遂に解放されるわ!関数電卓もこれでおさらばよ!プラスドライバーに替えの電池、テキストも全部捨ててやるわ。本当、嬉しい!」

普段はそこまで感情を出さない彼女である。一体何があったのだろうか。何かから解放された、そんな様子であった。

何かあったに違いない。

「え、なに?嬉しそうな顔をしているって?そりゃそうよ!やっと終わったのよ。CFAよ、CFA!」

キャサリンは、今回、CFA Level IIIに合格し、晴れてCFAホルダーとなる権利を有したのであった。

(むむ?CFA?何だそれは)

私はこの時、CFAが一体どんなものなのか全く知らなかった。

ただ、ケンブリッジ大学卒のキャサリンがここまで喜ぶぐらいだから、とんでも無く価値あるものなのだということは分かった。

「あなたも受験してみたら?何年かかるかわからないけどね!」

軽く私をからかった彼女は、また自席に戻りいつものようにキーボードを叩き始めた。

CFAか。」

よく分からないけど、きっと凄い資格なんだろうな。
これが私とCFAとの出会いであった。

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私は仕事を終え、ロンドン第二の金融街Canary Wharfから自宅があるロンドン北西の St. John’s Woodに帰宅した。

私が住んでいたSt. John’s Woodは高級住宅地と言われており、近くには、ビートルズにカバー写真で利用されたAbbey Roadも有り、日々、観光客が横断歩道で写真を撮ったりと賑わっていた。

地下鉄(Tube)を降りて左に進み、英大手スーパーマーケットのTescoを横目に自宅に向かう。ロンドンの夏は日が長く、18:00頃はまだ昼間のように明るかった。

自宅に帰ってスーツを脱ぎ、部屋着に着替えて書斎にこもる。愛用のMacを使ってCFAについて調べ始めた。

(あのキャサリンが大変だって言うぐらいだから、とんでもなく難しい試験なんだろうな)

早速、CFAについてGoogleで検索してみる。

なるほど、Chartered Financial Analystか。

日本語では「米国証券アナリスト」と呼ばれる資格らしい。

(なんだ、日本の証券アナリストの米国版か)

と最初はその程度の感想であった。

日本の証券アナリストは既に合格していたし、ちゃんと勉強していれば、そこまで難しくはなかったと率直に感じていた。

(なんでキャサリンはそんなに大変だって言っているんだろ)

私はCFAの事を舐めていた。浅はかであった。

ある程度内容を確認した後、私はPCを閉じた。

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その後、時は経ち20122月。ロンドンに来てから8ヶ月が経過していた。

仕事にも慣れ、欧州系企業の与信稟議や債務者評価レポートを書く日々が続いた。

また、証券化案件も担当することがあり、英国住宅ローン債権を裏付資産としたRMBS購入案件やレバレッジドローンを対象としたCLO案件等、幅広な案件に関わった。

リーマン危機時に問題となった、サブプライムローン債権を裏付資産としたRMBS、そしてそれを証券化した再証券化案件もレガシー資産として残っていた。日本にいたら中々触れることが出来ない案件も多く見る事が出来たのは非常に良い経験であった。

そんな刺激的な日々もあっという間に過ぎていき、帰国まで残り4ヶ月という状況になっていた。出向は1年と決まっていたので、6月には帰国することになっていた。

帰国する前に、何か新しい事にチャレンジしたい、そんな気持ちであった。

ある日、某商社に勤めている元外銀債券営業の方と出会った。歴史や文化など教養も深く魅力的な方であった。ロンドンで現地採用されている強者だ。

彼が外銀債券営業の第一戦でライバルと競っていた頃の話は躍動感あり、聞いていて面白かった。

バーゼル規制上の信用リスクと市場リスクのリスクアセット規制の違いに目をつけた話、証券化仕立てにすればAAA格付が付いてリスクアセット計測上も有利に働くという規制アービトラージの話等、規制対応に追われている身としては、規制を使って稼ぐという発想は非常に新鮮だった。

どうしたら彼のように活躍出来るのか。彼はどのような訓練を積んで来たのか。私は一体何をすればいいのか、質問した。

彼の答えは、どこかで聞いた三文字の頭文字であった。

そう、CFAである。

彼が外銀に勤め始めた当時、仕事を終えた後は、どんなに眠くても、辛くても、CFAの勉強を毎日していたとのことであった。

CFAで学ぶ金融知識はグローバル金融の世界で活躍する上で非常に有益で、今でも仕事をする上で役立っているとの事だった。

CFAを通じて出会った仲間も多く、日本人として世界で勝負する上でとても役立っているとの事だった。

MBA2年間のキャリアロスが発生する上、お金も約2,000万円程度かかる。一方で、CFAは仕事をしながら進められるし値段もストレートで合格すれば100万円以内で収まる。

London Business SchoolMaster in Finance「金融系大学院 No.1(2018 FT)」のMasterと同程度の位置付けとも言われているそうだ。

所謂、巨大投資銀行(バルジブラケット)と呼ばれる外国金融機関ではCFAが一種の登竜門のようなものになっているようだった。

試験前に休暇を得る制度(Study Leave)も認められていて、合格した際にはチーム全体でお祝いをするような慣習もあったようだ。

CFAMBAとは異なり、仕事をしながら勉強を進めなければならず、Level I, II, III1年に一度しか無い試験(Level Iは年2)に合格しなければならない。

長い間勉強生活が続き、プライベートもある程度諦める必要があり、苦しい日々が続く。難易度は極めて高い。だが、乗り越えた先に得られるものは何よりも変え難いとの事。

CFA保有者はこの辛い試験を乗り越えたという連帯感が生まれることからネットワーク力も強く、グローバルに仲間が出来る。今後世界を舞台に仕事をしたいなら絶対にとっておいた方が良いと。

そして最後に「今後、あなたが金融の世界でグローバルに活躍したいと考えるんだったら、絶対にCFAを勉強した方が良い!」と力強く言われた。

そんなにすごい資格だったのか。私は改めてキャサリンの喜ぶ姿を思い出した。ケンブリッジ大学卒と同程度、いやそれ以上の価値があるのかも知れない。私はそう思った。

CFAを受験しよう!」 20122月のことだった。

早速、CFA協会のホームページから受験登録、20126 Level Iの受験を申し込んだ。CFA協会への登録費用が約$450-Level Iの受験費用が約$1,000-であった。

値段は高いがMBAと比較すれば安いものだ。キャリアロスも無い。全く問題無い。寧ろ、20代のうちにこういった情報に触れ合えたことに感謝だ。

補助教材として、SchweserStudy Noteも注文した。長年歴史ある教材で最も信頼が置ける。

日本語のテキストとしては、元三井住友銀行で筑波大学教授の大野先生が監修を務めている書籍を購入した。

日本人で早い段階からCFAにチャレンジしていた方で、未来の受験者達へこういった書籍を残してくれたことに心から感謝したい。

さぁ、これで万全だ!後は勉強するのみだ!

こうしてCFAの旅が始まった。

CFA Level I (20126)

受験を申し込んだ数日後、先ず、協会テキストが到着した。

日本の証券アナリスト試験もそうであったが、協会のテキストはいつも分厚い。

日本語でも大変なのに、英語でこのテキストを全て読み込んで理解するのか。途方に暮れた。そして、早々に協会テキストを読むことは諦めた。

キャサリンにその話をしたところ、彼女もLevel ILevel IISchweserStudy Notesで乗り越えたとの事だった。

ケンブリッジ卒の彼女でも流石に協会テキストを読み込むのは大変だったようだ。

数日後、SchweserStudy Noteが到着した。参考書であれば分量はそこまででは無いだろう、とたかを括っていたが、到着した瞬間唖然とした。

な、なんとSchweserですらこんなにも分厚いのか。しかもテキストだけで5冊もある。残り3ヶ月でこの分量の英文テキストを読み込まなければならないのか・・・。全てを読み切るのは無理だ。戦略を考えなければいけない。

早々にCFA協会テキスト、そして、SchweserStudy Notesを読むことは諦め、SchweserPractice Examを使って問題を解き始め、分からない箇所をテキストで確認すると言う戦略をとった。

最初から順番にテキストを読んでいこうとも考えたが、勉強を開始したのが2月後半、残り3ヶ月でこの分量のテキストを読むのは無理だと悟った。

日本の証券アナリストの内容が相応に被っていた事、学習内容が業務上も関わりがある分野が多かったことから、全く歯が立たないと言う感覚では無かった。

「時間さえあればなんとかなる」という感覚だった。

過去の蓄積があったからこそ取れる戦略である。

金融資格を初めて勉強するという方の場合であれば、このような戦略をとるべきでは無く、時間をかけてじっくりと勉強することをお勧めする。

もしかしたら、日本の証券アナリストから学習することも検討した方が良いかもしれない。CFAをいきなり受験するのは相当ハードルが高いと言わざるを得ない。

もちろん、時間をかけて着実に教科書を読んで学習出来る環境にいるなら別だ。例えば、TAC等に申し込んでお金も時間を掛けてじっくりと勉強出来る人であれば問題ないかもしれない。

20122月に受験を決意し、3月/4月/5月と勉強してきたわけだが、この3ヶ月は可能な限り仕事は18:00には切り上げ、職場近くにあるカフェ(Cafe Nero)で毎日勉強した。

このカフェには同じくCFAを勉強している人がいて、CFA協会指定の関数電卓片手に一心不乱に演習問題を解いていた。

何日か顔を合わせる中で、目が会う度に「互いに頑張ろうな」というボディランゲージで会話する。CFAネットワークの威力を感じた瞬間だった。

受験を決意してからは土日も全て勉強に当てた。そうでもしなければ間に合わないと思ったからだ。

CFA Level Iの内容は、日本の証券アナリストの学習でも学んでいた項目も多く、全く分からないと言う領域は殆ど無かったが、それでも問題を解いてテキストを読んで内容を整理して理解するのに3ヶ月では全く時間が足りなかった。

私が日本にいた頃には、日本電波工業が日本で初めてIFRS適用する等、J-GAAP基準のIFRS基準への強制適用に関する話題が注目を集めていた。

IFRS基準の決算書を利用してどう企業のリスク評価していくのか、という点が課題が私の担当領域であった。そういうことも有り、財務諸表や財務分析の分野は特段問題なかった。

また、私はComputer Science学科出身だったということも有り、統計にはある程度明るく、日本の証券アナリスト試験も経験していたことから、計量分析、ポートフォリオ分析、証券、債券、デリバティブ、経済等の知識は前提としてあった。

これらの点はアドバンテージだったと思う。

しかし、Ethicsだけは違った。純ジャパ的には英語が最も辛く、文章から問題内容を読み解くことが難しかった。例えば、Least Likelyな選択肢を選ばなければならないところを、問題文を読み間違えて、Most Likelyな答えを選ぶなどして間違えることが多かった。

また、今まで日本語をベースに学習していたことから、英語で書かれたテキストを見ても頭の中にすっと入ってこないことも多く、Schweser Notesを何度も読み進める中で「あ、このことを説明していたのか」と、日本語で読めば一発で理解出来た内容でも英語だからと言う理由で非常に時間がかかった。

重たいSchweser NotesPractice Examを仕事場にも持ち込んで朝や昼休みには勉強した。また、仕事が終わったらいつものCaffe Neroに行き、Practice Examを解いて、分からないところをSchweser Notesで確認し、解法を覚える。そんな日々が続いた。基本的に土日も勉強で辛い毎日だった。

SchweserPractice Examは、MorningAfternoonの計240問が3セット、合計で720問が収録されている。3ヶ月ではこれこなすだけでも大変で、別途、CFA協会がHomepage上で提供するQ Bankを解く時間はなかった。CFA協会のテキストに収録されているPractice Problemを勉強する時間もなかった。

自分なりに一生懸命頑張って勉強はしていたし、内容も着実に理解していたものの、試験前にも関わらず、いつまで経ってもCFA協会のMock Examでは6割を取ることが出来なかった。

分量が非常に多く、これだけの勉強量では足りていないようであった。平日18:00以降と土日の時間を当ててもそれでも学習量が足りないのである。可能な限り早く勉強を開始することが肝要である。

さて、試験時には3時間で120問を解くことになる。

つまり、1問にかけられる時間は130秒であり、問題を見た瞬間に解法が頭に浮かび、その後、正確に答えを導く必要がある。

知識を問う問題であれば、分かる問題であれば直ぐに答えを選べるだろうが、計算問題の場合、計算した後に選択肢と異なる解答が導かれた時は絶望感に苛まれる。

普段の演習問題から計算ミスは絶対にしないように気をつけることが大事だと思う。

CFA協会は受験生が間違いやすいミスをよく分かっているので、ミスした時に算出される答えが選択肢にあったりして、解答した時は正解したと勘違いするケースも多々ある。

一度で正しい答えを算出する訓練を積む必要があるだろう。言葉で言うのは簡単だが、試験当日にこのペースで確実に正しい答えを導き出すには血の滲むような準備が必要となる。

演習問題を通じて自分が間違いやすいポイントを纏めて置いて、試験前に見直すこともお勧めする。緊張している時こそ自分の悪い癖が出てくるものだ。

ロンドンのCFA受験者は、ウォーターフロント再開発地区のドッグランドにある東京ビックサイトのような場所、「ExCeL London」で試験を受ける。

試験前日、私は試験会場の近くのホテルの宿泊した。宿泊したホテルにはCFA受験者が多く泊まっており、ホテルのレストランでは前日でも必死に勉強している人も多かった。

私もSchweserのテキストを広げて一心不乱に問題を解いていた。通りすがりの他受験生と目があうことがあるが、自然と互いに「グッドラック」と言い合う。CFA受験者同士の連帯感がそこにはあった。

何セットか提供されるCFA協会のMock Examを前日に解くが、全く手応えが無い。50%程度の正答率で目の前が唖然となる。

ここに来て、「日本の証券アナリストの米国版でしょ」と舐めていた自分を恨む。浅はかだった。

苦しい。なんだこの苦しさは。解いても解いても合格出来る気がしない。そんな辛い思いで試験前日を過ごす。全く自信がなかった。

試験当日、5:30に起床してシャワーを浴び、6:30頃に朝食をとる。分量は少なめ。たくさん食べ過ぎると頭がボゥーっとしてしまう。一方で食べなさ過ぎてもお腹が空いて集中出来ない。ほどよいバランスが重要だ。

昼ご飯を休憩中に購入すると混雑することが予想されたので、ホテルの朝食時にバナナとパンを持ち帰りカバンに保管しておいた。こういった綿密な計画が大事である。

試験会場に入ると、荷物置き場があり、そこに荷物を置く。

試験開始ギリギリまで荷物置き場でSchweserや自分で作成したノートを見直した。

特に公式集は忘れていたら問題が解けないので、頭の中に入れ直した。最後の最後まで油断せずに貪欲に準備した。

一定時間が経つと、試験会場に入室するようにとアナウンスが流れる。CFA協会はルールが厳しく、如何なる理由があろうとも、このタイミングで入室していないと試験を受けさせて貰えない。

このタイミングで誤ってトイレに行っては行けない。この日のために努力をしてきた受験生からして見れば悔やんでも悔やみきれないミスである。

非情である。大体の場合、試験会場内にトイレが設置されているので、会場内に入ってから行くべし。

試験会場では、受験票とパスポート、手持ち荷物の確認が行われる。消しゴムはカバー禁止、ちゃんと外していくべし。時計も忘れずに持っていくこと。関数電卓も忘れないこと。

プラスドライバーと電池の替えを持っていくか、関数電卓を2つ持ち込むようにすべし。もし無ければ今すぐ買うべし( 参 考 )。試験当日に電池切れになったら目も当てられない。

キャサリンがプライスドライバーと電池の替えの話をしていたのが懐かしい。持ち物確認がされたら試験を受ける机に案内される。

ウォータークーラーも設置されていて、水も飲み放題だが調子に乗って飲み過ぎないこと。トイレに行きたくなる可能性もあるし、お腹を壊す可能性があるからだ。

案内された席に座ると違和感を感じる。そう、周りに座っているはずの他の受験生がいないのだ。多くの席がスカスカで空席なのである。

「こ、これは。」

そう、CFA受験は試験範囲が広く、試験当日までに勉強が間に合わないと判断して負け試合が濃厚になると当日受験に来ない人が非常に多いのである。噂では聞いていたが本当にそうだとは思わなかった。それほどCFA試験の壁は高いのである。

さて、試験問題が配られ、受験時の注意点が試験監督官よりアナウンスされる。基本的には試験用紙に書かれている文章を読み上げるだけなので、英語の聞き取りが苦手な人も心配する必要はない。

ちなみに、Level IIILevel IIIの受験生が同じ会場の場合、Level IIIの場合は筆記テストもあるため、「This is only for Level III Candidate」と、Level III専用のアナウンスが流れ、あぁ、Level IIIの人達も同じ会場にいるんだと感じる。

私もいつかあっち側に座るんだ。

そう決意したところで、

Now Begin」の合図で、試験が始まる。

初めは何て発声していたか分からなかったが、周りの受験生が一斉に試験の封を解いて問題を解き始めたので、私も合わせて試験を開始する。

心臓がドキドキした。ついに始まったんだ。

この3ヶ月の成果をここで出すんだ。よし!

早速、問題を解き始める。

「むむ」。

試験方式は、CFA協会がHomepage上で開示しているMock Examと同じような形式で構成されていた。

一つ一つ、問題を解き始める。ドキドキ。

1問目はEthicsの問題。よし、これは分かる。おっと、Most Likelyじゃ無くてLeast Likelyだったな、危ない。でもこれに気付けたということは今日は調子がいいな。ふふふ。

こんな調子で問題を解く度に過去犯した過ちを犯していないかを確認しつつ解き進める。よし、この調子だ。

順調に問題は進む。

思ったよりも、素直な問題が多いな。人によって感じ方は異なるとは思うけど、SchweserPractice Examのような引っ掛けは少ないし、問題の分量も少なく感じた。

1問を1分半で解くペースを守って最後まで解き続ける。

マークシートの埋める場所に間違いが無いように注意深く埋める。

問題用紙にも解答を残すことでミスがあった場合でも大丈夫な状態を保つ。

分からない問題は固執すること無く次の問題へ移る。先ずは全ての問題に当たることが大事だ。

細かいことだけど、こういう慎重な対応が必要だ。

こんな調子で午前は終わった。

よし、この調子だ。答案用紙を試験官に渡して全て回収されたタイミングで離席の許可が出る。

さぁ、午後に向けて準備だ。

試験会場は人がいっぱいで近場にあるフードコートや売店は直ぐに満員になる。午後試験までの間、1秒も無駄に出来ない。覚える公式が多く、最後の最後まで頭の中に記憶しておきたいからだ。

ホテルから持ってきたバナナとパンがここで活躍する。食べ過ぎてもいけない。午後眠くなってしまうからだ。最高のコンディションで午後を迎えるためにも、事前準備が重要になる。

ご飯を食べたら直ぐにトイレへ。試験開始前はトイレが混むので早めの準備が必要だ。一通り準備を終えたら、荷物置き場に籠ってSchweserの公式シートと過去作成したノート、Schweserの問題集を見直す。

CFA Candidateは試験会場に入るように。残り5分で入り口は閉めるので可及的速やかに移動すること。」

会場閉鎖前にアナウンスがあるので、このタイミングで必ず試験会場に入ること。午前同様、ここで外のトイレに行ってはいけない。必ず試験会場の中のトイレに行くこと。

受験票とパスポート、消しゴムや鉛筆、関数電卓の確認が終わると改めて席に案内される。よし、午後も頑張るぞ。

注意点が説明される。午後問題はLevel IIILevle I, IIと同様で選択式なのでアナウンスは同じ。なんて、そんな下らないことにも気付くぐらい落ち着いていた。

Now Begin

今回は発声と同時に試験を開始することが出来た。落ちついていた。

午後問題も午前問題と形式は変わらず。難易度も同じ。

一通り解いた時には時間が少し余っていた。最後に見直しをして、午後も問題無く試験は終了。

試験官に問題用紙を渡して全ての回収が終わるまで席で待つ。長かった。この3ヶ月間本当に勉強頑張った。今日も5:30に起床して午前3時間、午後3時間と本当に大変だった。この辛い勉強も今日で終わりだ・・・。

早く、早く!

…………., NOW DISMISSED!」。

この掛け声で受験生は一斉に席を立つ。これが受験終了、帰ってよし!という掛け声だ。

「お、終わったぁ!」。

解放感が半端ない。

本当にこの3ヶ月は辛かった。でもまだLevel I

今後は、Level II, Level IIIと乗り越えていかなければならないんだ。CFAホルダーへの旅はまだ始まったばかりであった。

試験会場のExCeLを飛び出しDLRと呼ばれる高架鉄道に乗り込んだ私は、Canary Wharfの夜景を見つめながら呟いた。

(絶対にCFAホルダーになってやる。そして、グローバル金融マンとしてまたロンドンに戻って来てやる)

自宅に帰ると家族が待ってくれていた。

「おかえりー!」3歳になる息子が出迎えてくれた。

「お疲れ様!」妻も夕食を作って待ってくれていた。

その日はビールを思う存分飲んだ。キンキンに冷えていた。

極上の味だった。最高の気分だ・・・・!

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1ヶ月後、試験発表の日を迎える。私はニューヨークで働いていた。長期出張で3ヶ月間プロジェクトの為、派遣されていたのだ。

仕事が終わり、同僚とBenjamin Steak Houseでステーキを食べていると一通のメールが届いていることに気付く。

題名は「Your CFA Exam Results」。

携帯を置き、赤ワインを飲み干す。

(きっと大丈夫だ)

同僚が怪訝な顔をしている。どうやら緊張感が伝わったらしい。

「何でもないよ、気にせず気にせず!」

そして、メールを開く。

Congratulations! We are very pleased to inform you that you passed the June 2012 Level I CFA exam. 38% of candidates passed the June 2012 Level I CFA exam

「うぉー!」

「だ、だ、だ、大丈夫か!?あよもてぃ!?」

「よっしゃー!」

「お、お、お、落ち着け!あよもてぃ!」

結果、Alternative Invests以外の正答率は過半数を超えていたようだ。本当に良かった・・・。

こうして私のCFA Level I 受験は終わった。しかし、まだLevel Iが終わっただけ。CFAの旅はまだまだ続くのであった。

CFA Level II (20136)

CFA Level I受験後、私は出向の任務を終えロンドンから東京に帰国していた。

ロンドンで海外金融機関の経験を積んでいたことを評価され、帰国後すぐにプロジェクトメンバーとして借り出され、3ヶ月の海外長期出張の任務を受けた。場所はニューヨーク。

グローバルベースで利用する与信管理システムを構築するための要件定義を行うミッションであった。

ロンドンへ出向する前は国内の与信管理システムの要件定義にも関わっていたことがあったので、海外金融機関への出向時の経験も活かして、世界一のものを作ってやろうと意気込んでいた。

ニューヨークでは、短期アパートメントに宿泊。場所は3rd Avenue沿いであった。初日にスーツケースを引きながらエレベーターに乗っていると、同じくそこで宿泊している白人女性と一緒になった。

夜も遅く、彼女は酔っ払っていたようで、「New York いえーい!」と叫んで踊っていた。賑やかな街だ。

大学四年生の冬、2週間ニューヨークに短期語学研修で来たことがあった。

将来海外で働きたいとその頃から考えていて、就職予定先のニューヨークオフィスにも往訪し、イメージを膨らませていた。

往訪時に相手をしてくれたのは、蘇我さんという方だった。蘇我さんはオフィスの中を案内してくれ、別れた後のメールで、こんな内容のメッセージを残してくれた。

「もう少しで入社ですね。君にとって新しい世界が始まります。新しい世界に踏み出す時は、希望と恐れが入り混じる気持ちになると思います。私は新しいことが大好きなのですが、バックパッカーだった時に聞いたお話を紹介します。感じ方は人それぞれだと思いますし、深く考えると変なところもあるのですが、ちょっと読んでみて下さい」

成田空港の出発ロビーで2人のバックパッカーが偶然会いました。一人は、もう既に世界各国を旅行し尽くした猛者、もう一人は、今日初めてバックパッカーとして一つ目の国に旅立とうとする若者。

若者は、尊敬の眼差しで猛者を見つめ、こう言いました。「私は、たった今、バックパッカーを始めるところです。正直、怖くて堪りません。世界各国を全部旅行されているなんて凄いですね。羨ましいです。」

猛者は、溜息混じりに、こう返しました。

「羨ましいのは君の方だよ。君は、どの国に行っても、新しい体験が出来る。私には、もう初めての国が残っていないんだよ。」

蘇我さんが私に何を伝えたかったのかは真意は不明だが、自分なりに解釈すると、「新しい事にチャレンジ出来ること自体が幸せなことだ。ある程度のところまで進んだからと言って安住するのでは無く、どんどんチャレンジして行くんだ、チャレンジする領域を広げて行くんだ。恐れることなく、前に進んで行くんだ、あよもてぃ、頑張れよ!」ということかと受け止めた。

今でも目標を立てて達成するまで努力を続けるということは続けている。忙しい中、学生の私のために貴重な時間を割いてくれたこと、そして、何よりも熱く語ってくれたのが嬉しかった。

マンハッタンにあるオフィスからホームステイ先のスタテン島に戻る船の中で、私は自由の女神を眺めながら誓った。

「絶対にまたニューヨークに戻ってくる」と。

白人女性をエレベーターに残して私はアパートの部屋に入った。そして、両手を力一杯に掲げた。

New York いえーい!」

気付けば私もアパートの中で叫んでいた。

あの時から5年の月日が経過し、私は目標を達成していたのだ。目標を定めて努力すれば時間はかかったとしても必ずやり遂げることが出来る。挑戦し続けること、それが大事なのだ。

さて、ニューヨークでの長期出張である。家族と離れ離れになってしまうのは辛かった。子供もまだ小さく日々の成長を見ることが出来ないのが特に辛い。

ロンドンの同僚からもFamily First!と常々言われており、1年間の海外生活で家族の大事さを改めて感じていた。そういう背景もあったので、仕事中の海外出張ではあるが、妻と子供を1ヶ月程度アパートに呼び寄せた。

日系企業の場合、人事発令一つで家族を離れ離れにしてしまう。一人一人の働き方、人生設計も関係無く、単身赴任を会社都合で命ずるのである。

今では大分状況は変わって来ているが、海外の方々からして見れば人権侵害と言われても仕方ない状況のようだ。そんな中でも、私は可能な限り家族との時間を確保するようにした。

さて、CFAである。前述の通り、ニューヨーク出張中にCFA Level Iの結果報告を受領したわけだが、日々の仕事が忙し過ぎた上、夜は家族との時間を過ごしていたため、CFA Level IIのことは完全に忘れていた。

3ヶ月の長期出張が終わりミッションを終えた私は、新商品のリスク管理手法を整備する部署に就いていた。

既存の業務内容には当てはまらない案件が全て相談に来るので、前例が無い案件を捌く日々が続いた。朝から晩まで仕事に熱中していた。

サブプライム危機時の反省を活かした証券化商品の新リスク評価モデルの検討や裏付資産の分析方法の整理、買収した企業のリスク管理規則の制定等、今思い返して見ても幅広い仕事を担当させてもらっていたなと思う。

毎日終電近くまで働いていて、勉強する時間は殆ど取れなかった。それでも、20136 CFA Level IIの受験の意思は揺らがなかった。ロンドンで決意したのだから。

20132月頃だっただろうか、元三井住友銀行で現筑波大学大野忠士教授が主催する「CFA Level II 勉強会」の存在を知り、毎週水曜日に筑波大学に通うようになった。

毎週、大野先生が準備する練習問題を解いて、答え合わせをする。ダジャレを含めながらの問題解説は今でも鮮明に覚えている。そこには、商社や証券会社、銀行出身者の方々が参加していた。

ただ、正直毎週の勉強が追いつかず、内容を良く理解しないまま授業は進んでいった。通い始めた後も中々勉強する時間は確保出来なかった。

それでも、Level Iで最後の3ヶ月に集中的に勉強して合格したという成功体験を持つ私は、合格出来ると信じていた。寧ろ、CFAを舐めていたかもしれない。

Level I同様、一からテキストを読むことを放棄し、SchweserPractice Examを解いて分からないところを確認する戦法を取った。今思えばこの時点で敗戦は見えていた。

ちょうど、2人目の子供が生まれるタイミングと試験が重なっていたことも有り、土日も家族との時間で勉強時間の確保は二の次だった。

休日に勉強すると喧嘩になることも多々あり、この頃は辛かった。もともと器用なタイプでは無いのでマルチタスクが苦手で一つの事に集中すると周りが見えなくなり、思いやりが足りなくなっていたかもしれない。ごめんなさい。

平日朝と夕方に時間を作ろうと努力したが、業務に必要な知識を蓄えることに必死でCFAの勉強をする時間を取ることは殆ど出来なかった。かなりビハインドな状況だ。

結局、日々学習に励んでいたものの、中々勉強時間を確保することが出来ず、最後のあがきでゴールデンウィークに妻を説得し勉強時間を確保したものの、スケジュールから大幅に遅れ、内容の理解も浅いまま試験前日を迎えた。

試験会場は、東京ビックサイト。前日は新橋のカプセルホテルに宿泊し、勉強に集中するもSchweserPractice Examも満足に解けず、CFA協会のMock Examも全くダメ。当日を迎えてしまう。

試験当日は小雨が降っていた。肌寒く薄着で来たことを後悔した。試験当日の体調管理には皆さんも気をつけて欲しい。

試験当日、コンビニで水を購入していたところ、一人の男性から声をかけられた。どうやらCFA Level IIの受験生のようだった。

彼は記念受験のようで、色々と話しかけてきた。私は試験までの時間は最後の復習時間に当てたかったが、気の緩みからか、この方との雑談に付き合ってしまい、貴重な最後の勉強時間をふいにしてしまった。

正直、私の本気度が足りなかったのだと思う。試験当日までの勉強時間もそう、当日の緊張感もそう、気が緩んでいたのだと思う。

でも絶対に合格したい。そういう思いを持って試験会場に入る。肌寒さは極限になる。

Level Iはロンドンでの受験だったが、Level IIは東京だった。当日の運営方法はロンドンでも東京でも変わらなかった。荷物を荷物置き場に置いて、受験票とパスポート、鉛筆と消しゴム、関数電卓を持って入る。ここら辺から緊張感がやけに増してくる。

ドキドキ。

よし、やってやるぞ。

問題用紙が配られる。表紙の注意事項を試験官が読み始める。もちろん日本で受験しても英語で説明される。Level Iで慣れていたので問題なし。

Now Begin

よし!頑張るぞ!

ロンドン会場同様、この発声で試験は開始される。

ここで緊急事態が発生。

「カンカンカンカンカン!、カタカタカタカタ!」

え、なに!?

「カンカンカンカンカン!、カタカタカタカタ!」

隣の受験生の鉛筆の音、関数電卓の叩く音が物凄くうるさいのである。

頭の中が真っ白になる。ただでさえ緊張しているのに。

ち、ちくしょう。

「カンカンカンカンカン!、カタカタカタカタ!」

Ethicsの文章を読んでいても頭に入ってこない。何度も読み直しても、「カンカンカンカンカン!、カタカタカタカタ!」が邪魔して全くだめ。

っく・・、Ethicsを諦めて、計算問題が多いQuantitative Methodsを解き始める。

この時点で既にかなりのタイムロス。この状態で問題を解いても心あらずで解ける問題も自信を持って答えを出せない。

圧倒的準備不足に加えて、当日の想定外の出来事、全くいいところが無かった。そして午前の試験が終わる。

がっくし。

うなだれながらランチをとる。カバンを開くとバナナがぐちゃぐちゃになっていることに気付く。萎え萎え。

これまたがっくし。

食事を終えて、荷物置き場に戻る。午前はダメでも午後頑張ればなんとかなるはずだ。頑張ろう。そう気持ちを切り替えて午後に向けて勉強再開。そして、試験会場に入る。

それにしても、あの受験生の隣はもう勘弁だ。午後は試験官に状況を話して席を移動させてもらう。すんなり納得頂く。こんな簡単に変えてもらえるのであれば、試験中に試験官に言えば良かった。

「カンカンカンカンカン!、カタカタカタカタ!」の悪魔は皆さんにもいつ舞い降りるか分からないので、本当、気をつけて欲しい。CFA試験は一発勝負。Level IIIIIの場合は1年に1度しか受験チャンスが無いのだ。

Now Begin

午後試験が始まる。午後は午前のような邪魔も無く集中して問題を解くことが出来た。だが、それでも分からない項目は多く、気持ちは晴れない。今年はダメかもしれない。

Now Dismissed

いつもの掛け声と共に受験生が一斉に立ち上がり、荷物置き場に向かう。晴れ晴れしい顔の人もいれば、冴えない顔の人もいた。

東京ビックサイトを出るとヒューっと冷たい風が流れた。

家族に顔向け出来ないな。家に帰る足取りは重かった。

自宅に帰ったら妻と子供が迎えてくれた。

「どうだった?」

妻が聞いた。

「やるだけのことはやったよ」

私は答えた。土日やゴールデンウィークに時間をくれた家族の期待に応えることが出来なかったのは辛かった。

その後、CFAの話題には触れることなく時は過ぎた。

そして、2013723日、試験結果発表日を迎える。

(どうせダメだろう)

と思っていてもそれでも少しは期待をしてしまうものだ。

ドキドキ。ドキドキ。

メールを頻繁にチェックするもなかなか届かない。結果が変わるわけでも無いので、忘れてお風呂に入ろう。

そして風呂を上がって携帯電話を見るとメールが到着していた。

Your CFA Exam Results

ついに来たか。ドキドキ。ドキドキ。

さぁ、どうだ・・・・・!

We sincerely regret to inform you that you did not pass the June 2013 Level II CFA exam. 43% of candidates passed the June 2013 Level II CFA Exam

目の前が真っ暗になった。

やはりダメだったか。分かっていたけど実際に結果を突きつけられると辛いものである。

結果は以下の通り。

70%以上の項目は一つも無く、不合格者の中でもBand 4の位置付けと全然ダメ(10段階中4)。

妻にどう報告したらいいんだろうか。色々と考えたけどいいアイデアは浮かばなかった。結局、私は妻に自分から報告することが出来なかった。

それから数ヶ月が経過した。

ある日、妻から質問された。

「試験どうだったの?」

私はとぼけた様子で伝えた。

「あれ、言わなかったっけ?ダメダメ落ちたよ。」

「・・・・・・、ブチ・・・・・・。」

何かの音が聞こえた。妻の怒りが限界を超えた瞬間だった。

落ちたことを怒っていた訳では無かった。

結果を隠していたことに怒っていた。

不合格と分かった時、私はあまりに情けなくて、妻に伝えることが出来なかった。失敗を伝えることを恐れていた。

本来、感謝しているからこそ素直に伝えるべきだった。

最初から「ごめん、落ちた」と、謝るべきだった。

受験に落ちた場合には隠すのでは無く、素直に認める方が良い。試験当日に必要な得点が取れなかったという事実は変わらないのだから。

私はCFA Level IIに失敗することでもっと大事なことを学んだ気がした。

こうして、CFAの旅はまだまだ続くのであった

CFA Level II (20146)

CFA Level IIに落ちた私は勉強を直ぐに開始する気にはなれなかった。次こそは絶対に合格したいと思ってはいたが、試験日は翌年の6月であり、今から始めても息切れしてしまう。

CFA受験の難しいところは、試験当日に知識量・コンディションをピークに持っていくことであり、オリンピック選手同様の難しさがそこにあった。

さて、足許の仕事内容だが、世界で検討されている新商品の対応をリスク管理の立場から関わっていた。世界中の新種金融案件を見る事が出来て非常にエキサイティングであった。

もちろん、毎日新しい事の連続なので勉強しなければならない事が多かったが、CFAで学んだ内容が基礎体力となって全く分からないと言う領域は殆ど無くなって来た。

計量分析、経済、財務分析、コーポレートファイナンス、デリバティブ、オルタナティブ投資、債券、証券、ポートフォリオマネジメント、CFAで勉強している科目の全てが役に立った。

また、仕事では、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、オペレーションリスク等、所謂バーゼル規則上で整理されるリスクを幅広に学ぶ事が出来たのは良かった。

仕事にも慣れて来て、勉強時間も相応に確保出来るようになった。家族との時間も取れるようになり、妻と子供二人と楽しい日々を過ごしていた。仕事も家庭も順調な日々が続いた。

時日は流れて気付けば12月。2013年も終わろうとしていた。よし、1月に入ったら勉強を開始しよう。

1月になるとCFA JapanからStudy Groupを組成するとの連絡がメールで来た。私はこの会に参加することにし、仕事終わりに会場の大手町フィナンシャルシティへ行った。

当日は、Level I, II, IIIそれぞれ受験する人をランダムにグループ分けして勉強会メンバーを紹介してくれる運営であった。また、CFAホルダーの講演や勉強のコツなども色々と紹介してくれた。

今まで一人で勉強していて孤独だったので非常に助かったのを覚えている。

私が参加したStudy Groupのメンバーには、アセマネやコンサル、証券会社や信託銀行や商業銀行など様々の方がいた。

最初に自己紹介をした後、CFA Level IIの勉強経験など、それぞれが置かれた環境の情報交換をしつつ、今後の勉強方法やスケジュールなどを擦り合わせした。

私たちの勉強場所は銀座のルノアールだった。毎週日曜日に勉強会を開催。最初に決めたスケジュールに沿って、順番に担当を決めて各項目を勉強していった。Schweserを利用して学習を進めた。

私は2回目の受験だったので初学者よりも前提知識があり、出来る限り自分が持っている情報は開示するようにした。初学者の仲間から喜ばれ、私も仲間から必要とされることが嬉しかった。そして、勉強会では出来る限り脱落者が出ないようにグループとして機能するように動いた。

でも、そういった動きをする事で自分の中で驕りが出てしまったのも否めない。Study Groupでは率先して説明役を引き受けるようにしていたが、あたかも自分が講師役かのような態度でグループで接したりと、自身が受験生ということを忘れていた。

試験前日も余裕をかましていた。今振り返って見れば、確かに教材の内容は理解していたが、実際に問題を正しく解けるかと言えばそうではなかったのだと思う。

「知っている」と、「問題を解ける」は全くの別物で、圧倒的に本番環境を前提とした演習問題が足りていなかった。試験前日も、今回は余裕だろうとホテルに宿泊しなかった。

前日にギリギリまで緊張感を持って勉強もしなかった。
こういった態度が未来を暗示していたのかもしれない。

試験当日、毎年の如く東京ビックサイトに向かう。昨年同様、今年も肌寒い。どうやら毎年この時期には上着が必要なようだ。

さぁ、戦いの場へ。

Now Begin

いつもの掛け声と共に試験が始まる。今回は昨年とは違い、「カンカンカンカンカン!、カタカタカタカタ!」というくせ者はいない。「ふぅ」と安堵し、Ethicsの問題を解き始める。

それにしても、当日のコンディションで英語の頭の入りが変わってくるので気をつけないといけないな。今日は調子は良さそうだ。

こうして午前は問題無く終了。よし!と、余裕顔で荷物置き場に戻る。

カバンをガサゴソしていると、Study Groupのメンバー、原村さんと深尾さんと出会う。

原村さんはいつもの如く余裕そうだった。きっと彼はうまくいったのだろう。一方で深尾さんは絶望的な顔をしていた。彼女はダメだったようだ。午後で挽回すれば大丈夫と声をかけて私は昼ごはんを買いに外に出た。

いつもならホテルでバナナとパンを買って一人で食べて午後の勉強に向けて時間を過ごしているところだが、今回はそのような動きをしなかった。

前日の過ごし方といい自分のフォームを崩していたように思える。CFAに対して気の緩みがあったのだろう。

ランチの量も調子に乗ってボリュームがある弁当を買って食べてしまった。午後の集中力が欠けてしまうかも知れない事を理解しつつだ。

Now Begin

さぁ、午後の試験が始まった。案の定、集中力が切れているのかEthicsの文章が頭に入ってこない。これではダメだと比較的得意なPortfolio Managementの項目を解くことにした。

「・・・・・・・!」

ページを開いた瞬間に衝撃が走る。

やばい。

新たにカリキュラムに導入された箇所が丸々出題されていたのである。

昨年のSchweserをベースに勉強していた私は、この新しい項目に対する対策を全くしていなかったのだ。最悪だ。残念ながら、私はPortfolio Managementは殆ど回答することが出来なかった。

加えて、Quantitative Methodsである。この項目は得意科目であったのだが、唯一抜かしていたところがあった。時系列分析のARCHモデルの箇所である。ここが丸々出題され、大問を丸々二つ落としてしまった。

他の問題で挽回すればいい、と気持ちを切り替えて他の問題に注力したが、この大問二つを落としたショックは大きく、他の問題を解く際に精神的にも影響を与えた。

Now Dismissed

試験が終了し、私の2回目のLevel IIの受験が終わった。午前は自分なりには手応えがあったが、午後は自信が無い。2回目の受験にも関わらず情けない。前日までの自信満々な自分は何だったのか。

情けない。

東京ビックサイトから国際展示場駅に向かう足取りは重かった。帰ったら妻に何て言おうか。前日までの余裕な姿を見ていた妻は今年は合格すると思い込んでいるに違いない。また失望させてしまう。

自宅に到着すると妻が待っていた。私は正直に話した。

彼女は呆れ顔だったが、隠されるよりはマシと言ってくれたのは救いだった。今回ばかりは完全な自分のミスだ。

1ヶ月が経過し、試験結果の発表日を迎えた。

色々とネガティブな面はあったけど、何だかんだ合格しているんじゃないか、という思いがあった。冷静に考えれば3択問題だし、確率論的にも全て間違えるということはないだろうという思いもあった。流石に昨年よりは問題を解けたし合格だろう。大丈夫。

そして、いつもの如く、CFA協会からメールが届く。

Your CFA Exam Results

何度経験してもこのメールを開くのはドキドキする。

流石に今回は大丈夫だろう。

ドキドキ。

ドキドキ。

・・・・・。

・・・・・。

We sincerely regret to inform you that you did not pass the June 2014 Level II CFA exam. 46% of candidates passed the June 2014 Level II CFA exam.

一瞬、目を疑った。

え?

もう一度見た。

We sincerely regret to inform you that you did not pass the June 2014 Level II CFA exam. 46% of candidates passed the June 2014 Level II CFA exam.

何度見てもそこには「お前は不合格だ」としか書いていない。

う、嘘だろ。

目の前が真っ暗になった

Portfolio ManagementQuantitative Methods50%以下。加えて、Fixed Income50%を切っていた。

ダメだったか・・・。

CFAの旅はまだまだ続くようだ。

でも私は絶対に諦めない。

CFA Level II (20156)

2度目のCFA Level IIの不合格通知を受けた私は、今年こそは絶対に合格する。絶対に油断しない。徹底的に勉強する。と気合を入れ、受験の申し込みが開始すると共に次回受験の受験料を支払った。この気合いを去年入れておけば良かった。

1月になると昨年同様、CFA協会が主催するStudy Groupに参加。今年は調子に乗らずに貪欲に各項目を地道に勉強した。

ただ、勉強を再開するタイミングが非常に難しい。

早すぎても息切れするし、遅すぎても新項目などの勉強が追いつかない。毎年新しい項目が出てくるのは本当に辛い。CFA受験生を泣かせるポイントである。

新しいStudy Groupの仲間で勉強を開始し、毎週日曜日に勉強をした。5月のゴールデンウィークには新橋のカフェに集まって勉強三昧。

流石に3度目の受験となると覚えていることが多いが、前回の反省を活かし、慎重に。新しく追加された項目もしっかりと学習した。新しく追加されたという事は、当然重要だから追加されたわけで、当該項目は問われる傾向にあるわけだ。

SchweserPractice Examはもちろん、CFA協会のWeb上の問題集もワードに問題文を貼り付けて学習をした。20126 Level Iを受験した頃と同様、平日は18:00に仕事をあがって勉強、土日も朝から晩まで勉強した。

流石に3度連続で同じ試験に落ちるわけには行かなかった。

そして、試験前日を迎えた。

いつもの如く、ビックサイトの近くのホテルに泊まり、最終チェック。

今回は完璧だ。

CFA協会のMock Examも満点近く確保出来ている。

あとは油断する事なく当日を迎えるだけだ。

翌日、5:30に起床し軽く運動。6:00から朝食をとって昼ご飯用にバナナとパンを確保。これはそう、20126月の時の勝ちパターンである。

試験当日、勉強仲間と必ず合格しようと誓い合い、試験に挑む。荷物置き場に荷物を置きつつ、最終チェックをする。公式も頭の中に叩き込む。これで大丈夫。さぁ、戦いの場へ向かおう。

Now Begin

何度聞いた事だろうか。CFA Level II 3度目の戦いが始まった。

今年も「カンカンカンカンカン!、カタカタカタカタ!」というくせ者はいない。「良かった」。

午前が終わり、答えあわせをする事なく、バナナとパンを食べながら午後のための勉強をする。

午前は出来た、でも油断はしない。午後に向けて最善を尽くす。

最後の最後まで公式を頭に叩き込み、試験のイメトレを行う。どの順番で問題を解くか、イメージ。よし、行ける。

午後の試験が始まった。

Now Begin

「カンカンカンカンカン!、カタカタカタカタ!」

一心不乱に問題を解く。

気付けば、自分が迷惑な受験生になっていたかもしれない。

問題は全て自信を持って解けた。よし、これなら行ける。

試験は終わった。CFA協会の人が試験用紙を集める。そして全ての回収が終わり、この時が来た。

Now Dismissed

終わった。3度目の戦いが終わった。

CFA Level II、お前は本当に強敵だ。

試験会場を出るとStudy Groupの仲間達が集まっていた。

「お疲れ様!」

帰り際にカフェに寄ってお疲れ様でした会をした。開放感が半端ない。出来た人、出来なかった人、反応は様々だけど今まで一緒に頑張ってきた仲間同士、CFA Level II試験日を無事に乗り越えたことを称えあった。

帰宅すると妻が子供と一緒にご飯を作って待ってくれていた。「お疲れ様!」

何度も失敗する夫を支えてくれてありがとう。CFA受験が終わる度に思う。今度こそきっと大丈夫だと思う。

そして時が過ぎた。

今日は結果発表の日。朝からそわそわ。

Your CFA Exam Results

いつものメールが届く。

ドキドキ。ドキドキ。

きっと、今回は大丈夫だ。

絶対。大丈夫・・・。そしてメールを開く。Congratulations! We are very pleased to inform you that you passed the June 2015 Level II CFA exam. 46% of candidates passed the June 2015 Level II CFA exam.

よっしゃー!

遂にLevel IIに合格だ!本当に長かった・・・。

70%超の正答率の項目が多くちゃんと合格していた。

無事に合格。本当に良かった・・・。

CFA Level II、お前ともこれでお別れだ。今までありがとう。本当、お前には苦しめられたよ。

一連の流れを通じて、物事と対面する際には、最後の最後まで全力で頑張り続ける重要さを教えられたよ。中途半端はだめ、舐めたらだめ。CFA、本当にお前はすげぇやつだよ。

CFA Level III (20166)

CFA Level IIに合格した後、私は2度目のロンドン勤務が伝えられた。日々の業務の成果が認められ、会社が抱える特殊なミッション推進役に任命されたのだ。

バブル期の不良債権処理時に付随して活用された特殊なストラクチャーを管理する仕事であった。非常に難易度の高い仕事内容であったが、歴史上の案件に触れる事が出来てワクワクもした。

前回ロンドンに出向してから5年が経過していたが、当時よりも任される仕事は重要性が増してきていた。

気付けば、あの頃のキャサリンと同じぐらいの年齢になっていた。私は彼女を超えられているだろうか。

仕事の内容が違うので何とも言えないが、少なくともCFAという基準では超えられていない。追いつかないと。

色々と忙しい日々であったが、20166月のLevel IIIの受験を決意した。

もちろん、転勤初年度は多忙を極めており、仕事内容に追いつくだけでも精一杯であり、勉強する時間は今まで以上に確保するのが難しかった。

前回の出向とは異なり、会社を代表して仕事をする必要があり、責任も重く中途半端な仕事は出来なかった。

また、ロンドンには日本人のStudy Groupが無く、一人で孤独に勉強を重ねる。純ジャパの私には仕事をしながら英語のStudy Groupで勉強を進めるには難しかった。

勉強の途中で、しばしば、昔のラインマネジャー キャサリンのことを思い出す。俺も負けてられない。

じっくりとテキストを読み進める時間が無かったので、SchweserPractice Examを解いてからStudy Notesで内容を確認していく方法を採用した。合わせてCFA協会のWeb Page上のQ Bankをワードにコピーして、演習→勉強というパターンで挑んだ。

勉強を開始したのは2月後半。3月・4月・5月と出来る限り時間を確保して学習した。正直、勉強してもほとんど頭の中に内容が入って来ず、手応えは全く無かった。3ヶ月弱の勉強時間では全く時間が足りない。

久々の海外生活で家族にも過度な協力は仰げなかった。CFA Level IIの段階でも既に迷惑をかけていたこともあるし。

CFAは家族で幸せに生きるための手段であり、それが目的化されてしまうことは本意でなく、土日に妻・子供達と過ごす時間を犠牲にしてしまうという事実が何よりも辛かった。

新しいミッションも忙しさを極め、中々自由な時間を取ることが出来なかったが、それでも何とか家に帰ったら眠くてもテキストを開き、朝も可能な限り勉強をした。

そんな日々が続いた。

そして、気付けば受験日前日。

今年も試験会場の近くのホテルに宿泊した。

試験会場は「ExCeL London」。そう、私はまたExCeLに戻って来たんだ。前回は20126月の試験。CFA Level Iを初めて受験してから、気付けば4年が経っていた。

ホテルのレストランや近辺のカフェには同様にCFA受験生たちが集まっていた。みんな必死なんだ。

海外金融機関の場合、Study Leaveという名の試験勉強休暇が認められていて、試験一週間前から休みを取る事が一般的だ。

日本のように新卒一括採用→終身雇用という人事モデルでは無く、キャリア採用専門型が一般的な海外では各人のキャリアを築く上でも試験勉強は重要と位置付けられていて、試験に合格するとお祝いされるケースも多い。

さて、試験前日の勉強だが、選択問題の学習は相応に進んでいたものの、肝心の記述問題の対策が出来ていなかった。

知識のインプットばかりでアウトプットの練習が出来ていなかった。過去問もMock Examも満足に解けないまま当日を迎える。

それでも最後まで諦めない姿勢は貫く。

試験当日は5:30に起床。朝食に向かいバナナとパンを確保していざ試験会場へ。

まずは、いつもの如く荷物を置き場に置く。テキストを片手に最終入室時刻まで、最後の最後まで悪あがきをする。

ただ、どんなに頑張っても分からないものは分からない。今回はダメかもしれない。頭をよぎった。でも、まだ可能性はあるはずだ。

そして、試験が始まった。

Now Begin

午前問題は記述問題。早速取り掛かる。

1問目から躓く。わ、分からない。目の前が真っ暗になった。

次の問題だ。

う、こっちも分からない。

次だ!、っく、これも・・・。

午前問題は散々。全然ダメ。問題の答え方も書き方も良く分からず、時間も足りずに殆どが白紙のまま提出。

勉強する際に理解すること時間を使っており、実際に自分の言葉で解答を作成する訓練を積んでいなかった。というかそもそも勉強時間が足りていなかったと思う。

「畜生・・・、午後で挽回するぞ。」

休憩時間になり、バナナとパンをくわえながら、午後問題の準備をする。

自分が知っている箇所が出たらそこだけでも正しい答えを選択するぞ・・・!過去作成したノートを見返した。

そして、午後試験が始まる。

Now Begin

配布された試験内容を確認する。Level IIと同じ選択型の問題だ。慣れた問題形式だ。気のせいかLevel IIよりも簡単と感じる。気のせいかな、などと思いながら、午後は終了。

たまたまかもしれないが、自分が分かる分野からの出題が多く、大体の問題を自信を持って解くことが出来た。

6時間の試験を終えた頃には、心身共に疲れ切っていた。今にも倒れそうだった。

日々の仕事をこなしながらCFAの勉強を継続するという事は本当に大変だ。途中でCFA受験を諦めてしまう人が多いのも理解出来る。

でも私は途中で諦めない。

自宅に帰ると妻と子供達が待っていた。

今回も素直に結果を答えた。

「ごめん。午前問題、全然書けなかった。多分ダメだ。」

ごめんなさい。

子供たちと一緒に風呂に入り、私の1回目のCFA Level III試験は終わった。

そして時は過ぎ、結果発表の日となった。

Your CFA Exam Results

何度経験してもこのタイミングは緊張する。

ドキドキ。ドキドキ。

午前問題だダメだったから多分ダメだろうな。

午後の問題で挽回出来たなら・・、なんて思いながら開く。

さぁ、どうだ・・・!

We sincerely regret to inform you that you did not pass the June 2016 Level III CFA exam. 54% of candidates passed the June 2016 Level III CFA exam.

やはり、ダメか。

選択問題はほぼ8割を超えたものの、記述問題は全然だめ。やはり、記述問題対策がポイントだな。

Level IIのマインドセットから、早い段階でLevel III対策のマインドセットに変えることが大事だと言う事が分かった。

当たり前だけど、Level III専用の試験対策が必要だ。特に、記述の練習。そして、テキストをちゃんと読んで内容を理解し、それを説明出来る力が必要だ。

先は長い。そして、正しい勉強の仕方が大事だ。

それに気づくことが出来た、1回目のCFA Level III受験であった。

20126月から開始したCFA受験。

私は一体、いつまでCFAと戦い続ければいいのだろうか。

戦いはまだまだ続くのであった。

CFA Level III (20176)

2回目のロンドン生活にも慣れ、新しいミッションも大分落ち着いて来た。仕事も早く上がれるようになって来た。もちろん、今年もCFA Level IIIを受験する予定である。

ただ、1年間、受験勉強だけしているわけにはいかない。時間は有限であり貴重な海外生活にCFAだけに時間を奪われるのは我慢ならない。何か新しいことにもチャレンジしたい。

そんな時、某大学のサマープログラム(日本の高校生を英国の大学プログラムに参加するようなもの)のボランティア要員を募集していた。

私はこれに参加。メンバーと共に奨学金プロジェクトを立ち上げ、クラウドファンディングを企画、見事資金集めに成功した。

加えて、英国起業家の会の運営メンバーとして参画。様々な活動に精を出す。本業以外の活動も段々と忙しくなって来た。

もちろん、CFA Level III試験に向けた勉強もやらなければならない。もちろん、CFAの勉強だけに時間を使うわけにはいかない。バランスが重要だ。

そうこうしているうちに、気付けば2月。焦ってCFA Level IIIの勉強を開始。流石にこれ以上放っておくわけにはいかない。

勉強方法は、前回の反省を活かして、Schweserのテキストを読んで理解した上で、CFA協会のWeb上の問題集やSchweserPractice Examを中心に解き、記述問題に力を割くというもの。

っがダメ・・・。

本業以外の活動が忙しくなり、逃げの姿勢も重なり、CFA受験に向けた勉強に本腰が中々入らず、時が過ぎていった。

全然記述出来ない。着実にテキストを読み進め、本質的に内容を理解する必要があった、が、集中力が欠けていた。

勉強を再開するタイミングが本当に難しい、そして、勉強を継続するモチベーションを維持するのも難しい。これがCFAの高い壁のような気もした。

結局、相応に時間を確保出来る環境であったが、CFAだけに時間を使うことに躊躇いを覚え、完璧な状態まで持っていく事が出来ず、中途半端な状態で試験前日を迎えることになってしまった。

試験前日はいつもの如く近場のホテルに泊まり、試験勉強をする。昨年よりも記述問題は解けるようになっていた。ただ、それでも自信を持って解答出来るような状態ではなかった。

試験当日、バナナとパンを持って試験会場に向かう。そして、試験が開始された。

Now Begin

午前問題が始まる。

昨年対比、記述問題は答えを書くことが出来た。

確実に昨年よりは手応えがあった。

そしてランチ時間になる。

「よし、これで昨年並みに午後問題の解答率(8)を取れれば、確実に合格だ。午後も頑張るぞ!」と、午後試験に向けて準備を開始する。

前向きな気持ちで午前問題を終える事が出来、バナナとパンが美味しく感じた。そして、午後試験に入る。と、同時に思わず嗚咽が漏れる。

「うげぇ」

いつかの悪夢が蘇る。なんと、今年から新しく追加された項目のオンパレード。そう、20146 Level II、午後問題での撃沈の記憶が思い出される。

記述問題に注力していたため、新しく追加された項目への対策が出来ていなかったのである。

俺は何度同じ失敗をすれば気が済むんだろうう。

CFA試験に合格するのが難しい所以が何となく分かって来た。特に一度失敗した後は特に戦略を立てるのが難しい。状況に応じた勉強ノウハウ、そして、勉強のペースメーカーはとても大事。

私は何年もかけて学んできたけど、こういったノウハウはこれから受験を考えている人達にも伝えていくべきなのではないか。CFA資格に関してはこういった情報を伝えてくれる人が本当に少ない。

そして時は経ち、試験結果発表日になった。

Your CFA Exam Results

昨年より午前は改善したし、午後も失敗したとは言え、相応に取れているだろう、だからギリギリ合格しているのではないか、とガッツポーズを準備していた。

どれどれ、見てみるか。

ドキドキ、ドキドキ。ポチッ。

(まぁ、大丈夫だろう)

We sincerely regret to inform you that you did not pass the June 2017 Level III CFA exam. 54% of candidates passed the June 2017 Level III CFA exam. 54% of candidates passed the June 2017 Level III CFA exam.

目の前が真っ暗になった。

Band 5。前回よりも結果は悪化していた。

内容を見て分かるように、午前は明らかに昨年よりも改善しているのが見て取れる、が、それでも50%以下の項目が殆ど。まだまだ実力不足。

翻って午後はどうだ。前回とは打って変わって50%以下が3項目もある。

CFAは生半可な姿勢で受験してもダメなんだ。

今思い返してみても、20126 Level I20156 Level IIと合格した時はいつだって、一生懸命だった。最後の一秒まで1点でも多く確保するために全力だった。

他の時はどうだ。邪念があったのではないか。本気で合格したいという気持ちが足りなかったのではないか。

そういった姿勢が日々の勉強に対する姿勢にも繋がって来たのではないか。

ゼロベースでもう一度考え直してみよう。来年は絶対に合格する。絶対。そう決意した日であった。

まだまだ、CFAから卒業する事は出来ないようだ。

CFA Level III (20186)

2018年元旦。今年は絶対にCFA Level IIIに合格すると決意。残りの5ヶ月をCFAの勉強に当てることにした。

今まで「演習問題→テキスト熟読」という勉強方式を採用していたが、今回からは勉強方法を変え、Schweserテキストを初めからしっかりと読み、各項目の本質を理解しながら内容を整理していった。

SchweserPractice ExamVol1だけでなくVol2も購入。CFA協会が提示する過去問も5年分を解き、CFA協会がWeb上に提示するQ Bankも全て解いた。

新しく追加された項目の箇所は、CFA協会のテキストを熟読した。Schweser等ではきめ細やかに反映されていないケースもあり、漏れを防ぐという観点だ。

何をどのタイミングで勉強すれば良いか、そういうノウハウが分かるのも長年の経験がなせる技である。新しく追加された項目は出題されやすい(と思う)。

そして、記述問題の対策は早い段階からするべきだ。

演習→テキストではカバー仕切れない、真面目にテキストを読んで、各項目の本質を整理していく必要がある。そして、勉強時間を潤沢に確保する事。中途半端な勉強スタンスでは合格は難しい。

気付けば子供も3人になり、家族の時間がより重要であった。ただ、妻の協力も得て勉強時間を可能な限り確保した。

一心不乱に勉強した。勉強が辛くなった時にはヒーリング音楽を聴いて気を紛らわせる。

だが、試験が近づけば近づくほど不安になる。勉強すればするほど、細かい事で凹むようになる。本当に大丈夫だろうか。合格出来るのだろうか。

そういう時に自信になるのが過去の蓄積である。俺はやって来たんだと。俺は今まで頑張って来たんだ。大丈夫、絶対に合格するんだ、という自信である。

不安に苛まれながら日々を過ごす。勉強してもしても足りなく感じてくる。試験前一週間は休みと取るように上司に掛け合って無事に確保。万全の体制で試験に臨んだ。

そして試験当日を迎える。

Now Begin

午前問題が始まる。

先ずは自信がある項目から解いて勢いをつける戦略。

私の場合はEconomics

経済は毎年傾向があるので、きっとこの問題が出るだろうと予測して挑んだ。

予想通りの問題が出題された。やはりこの項目には出題パターンがあるようだ。

問題を解きながら、CFA協会側の出題傾向の思考回路まで考えられるようになっていた。余裕がある証拠。

問題を見たら直ぐに解答を書けるレベルまで私は進化していた。あらゆるパターンの問題が直ぐに解けるようになっていた。

過去見たことが無い問題だったとしても、各項目の本質理解をしていたのでその場で自分で考えて答えを出すことが出来た。

試験問題を解くのが楽しかった。次はどんな問題を出してくるのかな。CFA協会やるな、こんな問題を出して来たか。

午前問題を解きながら私はCFA協会と対話をしているようだった。何故だか分からないが、ワクワクしながら試験問題を解く私がそこにいた。

行き着くところまで来たか。CFA Level III恐るるに足らず!

待て・・・。待つんだ・・・。

今まで何度それで失敗して来たんだ。

調子に乗るな。お前はいつもそれで失敗して来たじゃ無いか。慎重になれ。お前はただの凡人だ。慎重に謙虚にやるんだ。

過去失敗を繰り返して来た過去の私が諭して来た。

あぶねぇー!また失敗するところだった。慎重に、落ち着いてだ。と、一人で過去の自分と会話しながら、着実に問題を解いていく。

結果として、午前問題は全て問題を埋めることが出来た。

次は午後問題だ。

休憩時間にバナナとパンをほうばりながら、公式を覚え直す。何度も見て来た公式だ。もう忘れようが無い。関数電卓も問題ない。鉛筆も消しゴムも大丈夫。

Now Begin

午後が始まった。一問ずつ時間配分を間違えることなく慎重に、マークシートの塗る場所を間違えていないか。

全て慎重に。内容自体も過去解いたことがあるような問題が多い。大丈夫。この調子だ。焦らずいつも通りやれば大丈夫だ。

・・・・・・・・・・・。

Now Dismissed

終わった・・・。全てを出し切った・・・。

午前も午後も全て私が持っている知識を全て出し切った。

そして歳月は過ぎ、結果発表の日を迎える。

私の心は穏やかだった。大丈夫。絶対に。

Your CFA Exam Results

ドキドキ。

ドキドキ。

ドキドキ。

ドキドキ。

ドキドキ。

ドキドキ。

ドキドキ。

ドキドキ。

ドキドキ。

どうだっ・・・・・。

Congratulations! We are very pleased to inform you that you passed the June 2018 Level III CFA program exam. 56% of candidates passed the June 2018 Level III exam.

う、う、うぉおおおお!!!!!!!!

長かった。本当に長かった・・・・。

遂にCFA Level IIIに合格したんだ。

7年前のあの日、普段冷静沈着なキャサリンが見せた笑顔の意味がわかった。

こういうことだったのか。

私は一歩、先に進めた気がした。

CFAを知ってから早7年。本当に長い戦いだった。

様々な葛藤があった、苦悩があった。

そんな中でも最後まで頑張れたのは、家族の支えがあったからだろう。本当に感謝しても仕切れない。有難う。

CFA合格後

私はCFA試験合格に7年かけてしまった。

多分、世の中の天才達は最短2年半でサクッと合格してしまうんだと思う。

でも、決して世の中はそんな人ばかりでは無いだろう。

私みたいな凡人の場合、そんな簡単に合格することは無理だ。

日々の仕事もある中で、CFAを最後までやり遂げるのは本当に大変だ。

家族との時間、プライベートの時間、勉強だけに時間を使えるわけでは無いのだ。

そんな凡人な私だからこそ、今後受験を迎える皆さんに伝えられることがある。

途中で諦めてしまう受験生がなんて多いことか。特にLevel Iの試験会場に足を運んだことがある人は分かると思うが、受験を試みても勉強が間に合わずに受験出来ない人も多くいるのだ。

私はCFA受験に相当な歳月をかけた。

ただ、上手くやっていれば最短で合格出来た可能性はあったのではないかとも思う。

難易度だけで言えば、高校生の時に受けた大学受験の方がよっぽど難しかったのではないか。

では、何故皆がCFA受験を途中で諦めてしまうのか。

それは勉強をするためのレールが引かれていないからだ。

大学受験は、学校や塾が効率良い勉強のレールを引いてくれる。だから、起きてから寝るまでの間、何も考えずに引かれたレールの上でただ勉強をしていれば良い。

でもCFA受験は違う。自分で考えて自分で勉強方法を構築する必要がある。自分でレールを引いて、それを信じて学習を進める必要があるのだ。

そこがCFA受験の難しいところなのだと思う。

何度も失敗したからこそ、見えて来たことがある。

何度も失敗したからこそ、伝えられることがあるのでは無いか。

私はそう思うようになった。

過去経験してきたこと、あったらいいなと思っていたことを提供し、これから受験する人にとって少しでも参考になる情報提供の場を作りたい。

また、CFA試験の勉強をもっと広げて、日本のグローバル金融人材の底上げを図りたい。

そのような思いが芽生えた。

20188月 こうして生まれたのが「CFA学習Tipsサイト」だ。

CFAと過ごした旅は非常に長い旅路であったが、次に繋がる意味ある旅であったと思う。

気づけば、ロンドン赴任も2回経験し、家族も増えていた。

仕事面でも、グローバル金融知識の下地をCFAの勉強を通じて培うことが出来た。

本当に長い旅だった。でも、まだまだこれから。

私にはまだ仕事が残っている。私の経験を少しでも役立ててもらい、CFAの学習を通じて一人でも多くの人にグローバル金融力を高めてもらう事だ。

そう、今後はこのページを読んで下さった皆さんに貢献する事が私の次のミッションだ!

終わりに

やりきったからこそ、人に伝えられることがある。

何度も失敗してきた私だからこそ伝えられることがある。

一人でも多くの受験生が今後、CFA受験をスムースに終えられることを祈り、筆を置きたいと思います。

最後まで読んで頂き、誠に有難う御座いました!

CFA学習Tipsと共に頑張って行きましょう!

【合格を勝ち取ろう】CFA学習Tipsサポートプログラム!皆さんこんにちは!CFA学習Tips運営者のあよもてぃです! 2012年から現在に到るまでCFAと向き合って来た体験を皆様...